バラ色の日々

酒とメガネ男子と海と音楽をこよなく愛する大阪人が思ったことをつらつら書いてくブログだす。

光が強くなれば影も濃くなる

今日、神崎恵さんのインタビュー動画を見ました。

ランコムの。

 

http://s.ameblo.jp/kanzakimegumi/entry-12294527387.html

 

 

1度イベントでご一緒したことがあるのですが、本当に小柄で華奢で透明感があって、声もすごく可愛らしくて素敵な女性でした♡

 

 

自分の信念を貫いたり

思想やライフスタイルを発信したり

やりたいことをやるには

嫌われることや批判されることもある。

 

 

心ある人間だから心ない人の言葉に

傷つくこともある。

 

 

だから時に臆病になって

嫌われないように

好かれるように

万人受けする言葉を選んだり

嫌われないやり方を模索したり

いつの間にか好きでいてくれる人より

自分を嫌ってる人にフォーカスしてしまって

本当に伝えたいことではなく

嫌われない当たり障りないことを

伝えるようになってしまったり。

 

 

でも信念を持って、貫いて

嫌われる覚悟を持って怖いながらも進んだ時

人はさらに飛躍するんだと思う。

 

 

輝けば輝くほど

光が強くなればなるほど

影も濃くなって

批判されたりひどいこと言われることもあるけど。

 

 

それ以上に好きになってくれる人

共感してくれる人

理解してくれる人も増える。

 

 

傷つかない人間なんていない。

最初から強い人間なんていない。

 

 

だけどやりたいからやる。

腹をくくる。

伝えたいことを伝える。

 

 

その姿勢に人は心を打たれると思うし

神様がご褒美をくれると思うんよね。

 

 

芯がある人はカッコいい。

そして美しい。

 

 

嫌われて平気な人なんていないけど

そもそも批判してくる人や

理解してくれない人に

何を伝えても仕方ない。

 

 

どんな人にどんなことを伝えたいのか

どんなお仕事をしたいのか

どんな自分でありたいのか

 

 

私も再度初心に還り

私らしくブレずに進んでいきたいです。

 

 

キラッキラのギラッギラで

ぶっ飛ばしていきますんで

皆さんこれからもよろしくお願いします♡

 

 

 

 

必要な人もモノも全て用意されている

昨日の記事で出逢いについて書きました。

 

ここ最近、え!?というミラクルが沢山あったのでちょっと書きたいと思います。

 

6月頭くらいにふっと、夏らしい楽しいことしたいなーと思ったんです。

オシャレしてオシャレなとこで

みんなと楽しく呑みたいなーって。

海外みたいなパーリーやりたいなーって。

 

 

そのためにはDJ呼びたいなー、、

でも知り合いにおらんしなー、、

誰かに紹介してもらおっかなー、、

 

 

って思ってたんです。

 

 

そしたらば。なんと。

たまたま友達と入ったレストランで仲良くなった店員さんが、私が昔ダンサーやってたころにお世話になってたクラブのスタッフさんやったことが判明。

久しぶりーー!!!!ってなって、よくよく話すとDJやってることが発覚。

しかも私の大好きなアニソン歌手と競演するレベル。

これは!!!!と思い、即パーリーのDJやってとお願いしました。

 

 

なんというミラクルな出逢い。

きゃーーーと思っていました。

 

 

次はお店。

20:08生まれの私は8/8にやりたい。

しかも私の星座である水瓶座満月!!!!

絶対この日にやりたい。

でもあんまり時間ないしどこまで集客出来るかわかんないし、出来るだけ安くてオシャレで50人以内で楽しく出来るとかないかなーと思ってたんです。

 

 

そしたらば。

たまたま友達と入ったレストランでトイレ行こうとしたら声かけてきたおじ様がいまして。

よくよく話すとプール付きのオシャレなBARの店長と知り合いとのこと。

即電話してもらって聞くと、特別価格で貸し切りしてくれると!!!!

なんとまぁ。なんとまぁ。

 

 

雰囲気も、予算もぴったりなんです。

なんだこれ?すごいなーと。

 

 

で、次は集客です。

仲間と一緒にやるので1人で頑張る必要ないんですけど、ワイワイ呑むの好きな人が団体で来てくれたら楽しいなーと思ってたんです。

 

 

そしたらば。

沖縄で出逢った社員旅行中のメンズたちがみんなで行けるよう調整してくれると!!!!

さらにこのタイミングでお酒大好きパーリー大好きな友達と再会したり、その子が友達呼んでくれるという。。

 

 

アメブロの方にも書きましたが、海で出逢った元仕事関係の人たちともまたお仕事に繋がりそうだし、その人たちもパーリー来てくれるらしい。

 

 

もうね、ミラクルがすごいんです。

出逢いのミラクルがこれでもかと!!!!

 

 

これはパーリーやれって事やなーと思ってね。

ワクワクが止まらない。

 

 

というわけで必要な人もモノも全部用意されてるんです。

あとは自分がちゃんと受け取れるかどうか。

 

 

焦らなくても大丈夫。

望みは必ず叶います♡

『出逢いがない』というのは出逢う気がないから。

タイトルの通り

『出逢いがない』という方は

出逢う気がないのだと思います。

 

 

何故なら私、仕事でも恋愛でも

出逢いがないと思ったことが一度もないからです。

もちろん波はあるから、出逢った人や物が一旦一気に引いていくときはありますよ。

その後またやってくるんですけどね。

そして今、神がかりな出逢いがどんどんあって怖いくらいなのであります。

 

 

カウンセリングをしていても

友達の話を聞いていても

出逢いがないという人に限って

毎日家と職場の往復のみ。

例えばその職場の男性が全員既婚者なら

出逢いようがありませんよね?

家に誰かホームステイでも招かない限り

家族が誰か連れてこない限り

出逢いようがありませんよね?

 

 

そりゃ出逢いがないってなりますよ。

 

 

でね。

例えば家と職場の往復で

たまーに仕事終わりや休日に

女友達と女子会をしてる生活でも

出逢おうと思えば出逢えるんですよ。

出逢いなんてそこら中にあるんです。

 

 

私が思うに、皆さん出逢い方について

ものすごく拘ってたり

こうあるべき!というハードルが高いんじゃないかと。

 

 

例えば仕事場にいい人はいない!って決めつけていたり、飲食店や海とか旅先で声かけてくる人は全員チャラい!みたいな。笑

 

 

じゃあ正しい出逢い方ってなぁに?

マトモで安全な出逢いってなぁに??

と、私は思うのです。

 

 

例えば学校、仕事、結婚相談所というちゃんとした場所や友達の紹介という出逢い方は正しくて、どこかで声かけられるのは全部ナンパだから間違い!みたいなジャッジをしてると、当然その分狭まるよね??

 

 

私はこれまでの経験上、仕事や学校で出逢ってもチャラい人はいたし、旅先や飲食店や海とかで声かけられて出逢ってもマトモな人は沢山いました。

 

 

私の出逢いは主にお酒のある場所か、海辺です。旅先とかね。

というのもやっぱり自分の好きなこと、好きな場所だからでしょうね。

自分が1番イィ状態なんですよ。

で、これまた今までの色んな経験からちょっと話せば合う合わない、好きキライがはっきり解るんです。

本能の部分ですね。

危険かどうか何となくわかる。

 

 

こちらが信頼関係築けるまでベロベロに酔わないとか、隙を見せなければ危険な目に合うことがありません。

 

 

あと、人はやっぱり目に出ます。

目、声色、そして雰囲気。

必ず出てます。

下心がない男性なんていないかもしれませんが、最初は下心から声をかけてきてもそこから良好な関係を築くことはいくらでも可能です。

 

 

ナンパに乗ってみろ!

とにかく付いていけ!

ってことではなく、ちゃんと自分をしっかり持っていればどんな出逢いもちゃんとした出逢いですよ♪ということ。

 

 

楽しいですよ。

自分の世界に新しい人が入ってくるのは。

その人たちの考えや人生観やビジネス論を聞くのは。

嫌なら追い出せばいいだけの事じゃないですか。

最初の窓口は広く。

そこから厳選して深い付き合いをする人を狭めていく。

 

 

夏は出逢いの季節♡

ガチガチにガードしてたらもったいない♡

 

 

出逢う気になればどこでも出逢えます。

職場でも、あれ?こんな人いたっけ?ってなったりね。笑

とにかく目が合えばニッコリ♡です!!!!

話しかけられたらオープンマインドで、嫌だなと思えば即退散。

 

 

キャッチ&リリース。

トライ&エラー。

 

 

これは仕事でも人間関係でも言える事です。

全ては出逢うことから始まりますから。

 

 

最近のミラクルと出逢いについては、また次の記事で書きたいと思います。

 

もっともっとシンプルに。

きっと

愛されたいとか

認められたいとか

褒められたいとか

そーゆー想いは誰にでもあって

 

 

愛されたくて

認められたくて

褒められたくて

何かを足そうとする。

 

 

そして反対に

大事な人をちゃんと愛したくて

大切にしたくて

笑顔になってほしくて

顔色を伺ったりする。

正しい愛し方を探したりする。

またまた何かを足そうとする。

 

 

 

完璧になろうとか

優しくなろうとか

女らしくなろうとか

面白くなろうとか

妄想しようとか

オシャレしようとか

綺麗になろうとか

ダイエットしようとか

尽くそうとか

喜ばせようとか

妄想しようとか

 

その他もろもろ無限大。

 

 

だけどそれがいつの間にか

完璧でなければ

優しくなければ

女らしくなければ

オシャレでなければ

綺麗でなければ

痩せてなければ

尽くさなければ

喜んでもらわなければ

妄想しなければ

ハァハァしなければ

 

 

みたいな感じのがんじがらめな

ちょっとした強迫観念にかられてみたり。

 

 

 

で、出来てない自分に勝手に劣等感を感じたり

勝手に責めてみたり

勝手に拗らせてみたり。

 

 

幸せになりたくて

現実を変えたくて

知識を詰め込んだり

詰め込みすぎて

何が正しくて

どうすればいいのかどんどん

わからなくなって。

 

 

占いに行ったり

セミナーに行ったり

カウンセリング受けたり

それでも変わらなくて

また知識を詰め込んで

自分を責めたり

人のせいにしたり

しんどくなったり。

 

 

でもね。

 

 

ほんとは世界も世間も物事も至ってシンプル。

 

 

何もなくても愛される。

世界の誰かには、ほっといても愛される。

 

 

無理しなくても

条件じゃなくて

理屈じゃなくて

良いも悪いも含めて

そのまんまで愛されるんよね。

 

 

 

愛されないと思うときは

うまくいかないときは

何かを足そうとするんじゃなくて

思い切って引いてみる。

 

 

 いらないものをどんどん削ぎ落としてみる。

 

 

尽くしてみたり

世話を焼いてばかりいたのなら

一切やめてみる。

そのエネルギーを自分に使ってみる。

 

 

愛されようとしていたのなら思いっきり愛してみる。

仕事が来ないなら思いっきり遊んでみる。

何かを得ようとしない。

何かを出さなきゃって思わない。

自分ではない誰かや何かになろうとしない。

 

 

 

どのみち愛されるから。

すでに愛されてるから。

 

 

どんどん削ぎ落として引きまくったら

見えるものがあるから。

 

 

知識を詰め込むのをやめて

感情を解放して

思いっきりぶつかったら

今まで蓄積されてた恨みつらみ劣等感は

少し軽くなった。

完全になくなったわけではないけど

かなり軽くなった。

 

 

どんどん削ぎ落とすって

今まで自分を守ってた

分厚い鎧みたいなもんも脱ぎ捨てるようなもの。

しばらく外してなかったら

どう動くかわかんない。

忍びの国の無門みたいに。(映画見てみてね) 

すごく無防備になるから

すごく傷つくかもしれない。

だけどようやく誰かと引き合うのかもしれない。

解り合えるのかもしれない。

本当の自分をさらけ出すから

必要な人やモノや仕事に

見つけてもらえるんだと思う。

 

 

余計な味付けはいらない。

分厚い鎧もいらない。

 

 

どんどん引こう。

どんどん削ぎ落とそう。

どんどん減らそう。

 

 

どんどん委ねよう。

どんどん愛されよう。

どんどん守られよう。

 

 

あなたという素材が素晴らしいからこそ

味付けはシンプルに。

飾らずに。

 

 

 

 大丈夫。

 

 

人としての心とは

昨日、おかんと忍びの国を見てきました。

 

大野くんの人間離れした身体の動き、圧倒的な軽さ、表情や声のトーンの見事な使い分けが素晴らしかった。

石原さとみちゃんは今までの中で1番好きな演技だったし、鈴木亮平も伊勢谷さんもめちゃくちゃカッコよかった。

迫力がすごかった。

 

 

少しだけネタバレになりますが。

 

 

アクションもコメディチックな所が多く、もう少し重厚に作ってくれても楽しめたのでは?とは思うけど、それも全てラストの大野くんと鈴木亮平とのバトルシーンのためなんだろうなと感じた。

ここのアクションが本当にすごい。

2人の表情も本当にヤバい。

 

 

人の姿をしていても

人の心がわからない人間

人の痛みがわからない人間。

己の欲のままに生き

己の事しか考えられず

人の命も人の痛みも全くもってどうでもいい。

そんな「人でなし」の忍びたち。

現代社会に生きる私たちの中にも

忍びのような「人でなし」がいる。

人としてどう生きるか?

人としての心とは?というメッセージ性もありました。

そして「人でなし」になってしまった理由もそれぞれあるのかもしれない。

なかなか深い。

 

 

 

映画の後、おとんおかんと食事に行きました。

そこでまた色んな話をしました。

父親は自分の両親を早くに亡くし、必死で今まで生きてきたこと。

昔からあったかい家庭を作ることが夢だったこと。

だけど感情のコントロールが出来ず、昔から私とおかんにぶつけてしまって申し訳なかったこと。

自分なりに必死で働いて家族を守ってるのに自分のイライラを責められて、自分が嫌になって辛かったこと。

我慢すればするほど不機嫌になってしまったこと。

 

 

おかんは家族でもどんな時も相手のことを考えて不機嫌な態度を出すべきではないと思っていたこと。

私は常に考えてるのに何で2人はこんなにストレートにどんな感情も出すのか理解できなかったこと。

知らず知らずのうちに自分のルールを押し付けていたかもしれないなと思ったこと。

 

 

そんな話をしてくれました。

 

 

家族といえども違う人間。

だけどつい、子供のことを考えて失敗しないよう、道を踏み外さないよう、傷つかないよう、人に迷惑をかけないようあれこれ色々言ってしまっていたと。

私にも弟にも。

 

 

私も心の底から謝って、親の気持ちはありがたいけれどやっぱり経験して学ぶこと気付くことって大きいし、あれこれ言われても親の言う通りに生きることは出来ない。

私もきっと弟も色々考えて自分なりに頑張って生きてるからと伝えました。

 

 

いくつになっても親にとっては子供は子供で、親として伝えたいこと、教えないといけないことは言うけれど、2人の考えで自分らしく生きたらいいと言ってくれました。

 

 

人は人で磨かれるし

ぶつかることで見えることもあるし

伝えなきゃちゃんと聞かなきゃ解り合えない。

 

 

 

自分に課したマイルールや我慢は

怒りや恨みに変わる。

私たち家族はそれぞれが長年蓄積したものがあって、今回それを腹の底から素直に話し合うことが出来ました。

 

 

もちろん私のしたことは許されないし、一生消えないけど。

また新しくお互い思い合ってちゃんと家族として向き合っていきたいです。

 

 

勇気のいることやけど

やっぱり自分が心を開かないと相手も開かない。

言いたいこと言うのも責めるのも簡単。

同じだけ相手の話や意見も聞かないと話し合いにならない。

 

 

人と向き合うとか深く付き合うとか

正直しんどいこともめんどくさいこともあるけど、逃げたらあかんなって改めて思いました。

 

 

 

私は上っ面で「幸せー♡楽しいー♡」だけのブログを書くつもりはありません。

こちらのブログで伝えたいのは、色々あるけど物事をどう見るか。

それによってどんな幸せがやってきたか。

起こったことをどう乗り越えたか。

それによってどう感じたか。

 

 

良いこともあればしんどいこともあります。

色んな自分がいます。

 

 

それらをここに書いてお伝えすることで、少しでも誰かが何か気付いてくれたり、同じような悩みを抱えてる人のヒントになったりしたら嬉しいなーと思うのです。

ももし、そんな人がいなくても自分が書きたいから書いてます。

自分のために書いてます。

 

 

お客様が言って下さった言葉ですが

闇を知らない人間が人の闇を見つめることは出来ない。

 

 

私はこれからも弱くて脆くてぶっ飛んでいきます。

だからこそ出来る仕事があり出逢える方々がいます。

 

 

人としてこれからどう生きるか?

女としてどうありたいか?

 

 

私もまだまだ「人でなし」です。

 

 

だからこそ色んな経験から学び、私はもっと成長したいし人のこともちゃんと理解したい。

自分の心も人の心も大切にしたい。

人として、ちゃんと言葉を選んで伝えたい。

 

 

さて。

今日はとっても縁起のよい日らしいです。

http://ameblo.jp/tsumakiyoko/entry-12290078662.html?frm_id=v.jpameblo&device_id=0e46da69285a41c3ad61742bf688ad5c

 

今日、新しい自分を始めよう。

新しい気持ちで丁寧に生きていきましょう♡

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分のままで自分の人生を。

おとといの夜。

 

 

私は親に対して今までの感情全部をぶつけました。

 

 

きっかけは弟と弟の彼女の話から。

私は先週末、東京に行ってました。

そこで前から交流があった

弟の彼女と会いました。

 

 

 

その時になかなか弟と結婚が進まないと言っていて

そんな話とか色んな話を親とした時に

私がふと『まぁこれでもし別れても仕方ない。』と言ったんです。

すると父親が『お前は弟が結婚することに対して何も思わんのか。

弟の彼女に対して気持ちはないのか』

 

 

と言ったんです。

 

 

 

それをきっかけに言い合いになりまして。

親ほど弟に対しても弟の彼女に対しても気持ちがないこと。

親としてそれが寂しいと感じるのはわかるけど、押し付けられたり強要されても困ると伝えたんです。

 

 

そしたらめんどくさそうに

もういい。引くわ。

姉弟やのに。みたいなことを言われて。

 

 

 

その瞬間、自分の中の何かが爆発した。

 

 

 

いつもそうやって私を否定する。

私を責める。

何でわかってくれないの。

何でこんな人間産んだの。

 

 

 

私という異常でバケモノのような

狂った人間を産んだ両親が憎い。

 

 

その怒りから気付いたら

父親の首を絞めて『何で解ってくれやんの!?』と泣き叫び

止めようとした母親を柱に向かって

思いっきり突き飛ばし

私はワインボトルで自分の頭を思いっきり

何度も殴り包丁を取り出して

自分のお腹を刺そうとしました。

 

 

 

今まで死にたいと思ったこと2回ほどあったけど、親が悲しむと思って死ねなかった。

今回こんな最低なことして親を散々傷つけて

もう生きてる資格なんてないって思って

まずワインボトルで自分の頭を殴りました。

無我夢中で何度も。

無意識に防衛本能があったんでしょうね。

頭は割れてくれなくて。

台所の包丁を取り出して刺そうとしました。

包丁を自分に向けた瞬間

 

 

 

『怖い』って思った。

 

 

 

それと仕事のことが浮かんで。

私が今死んだら、仕事関係の人に迷惑をかける。

こんな人間でも指名下さったり必要としてくださってる方々に迷惑をかける。

悲しむ人がいる。というより、迷惑をかける。

という責任感?なのかな。

それが浮かんで。

 

 

一瞬止まった隙に父親が包丁を奪って。

その時揉み合って父親の手のひらが切れて

血が流れました。

 

 

 

なぜこんな人間になってしまったんだろう。

なぜ私は人を傷つけることしか出来ないんだろう。

死にたいのに死ねない。

死ぬ勇気もない。

絶望しかありませんでした。

 

 

 

麻央ちゃんのニュースを見て、何故麻央ちゃんが死ななければならなかったんだろう。

何故私じゃないんだろうって思ってました。

 

 

私が死んでも本気で悲しむのは両親と伯母くらいです。

もちろん、仕事関係の方々やたまに飲む関係の友達、SNSで出逢った方々もその時は悲しいとか衝撃とか思って下さるとは思います。

だけど私がいなくなったところで、何も変わらない。

何の支障もない。

そう思うんです。

 

 

だけど麻央ちゃんには愛し愛される家族がいる。

麻央ちゃんじゃなきゃいけない人が、麻央ちゃんを必要としてる人が沢山いる。

麻央ちゃんを可哀想だとは思いません。

だって精一杯自分の人生を生きて愛されて天国に還った人だと思うから。

だけど麻央ちゃんを失った周りの方の喪失感や心の傷はとてつもないと思うから。

 

 

伯母が病気になったときも何故、私じゃないんだろうって思いました。

何故私は生きてるんだろう。

こんな人間なのに。

 

 

 

例えば2ちゃんねるですごい言葉で罵ってた人たちや、いちいち批判めいたコメントしてくる人たち。

そんなに私が不快なら殺してくれませんか?

そんな風に人を傷つけることが出来るあなたなら、私を殺せませんか?

心を傷つけることが出来るなら肉体も傷つけること出来るでしょう?

 

 

そんなことを考えたりもしました。

 

 

自分で死ねないから。

死ぬ勇気がないから。

他殺なら保険金とか降りるだろうし

せめて親に遺せる物が出来る。

見ず知らずの誰かを加害者にするのは申し訳ないけれど、私を故意に傷つける人なら、言葉で心を傷つけるのも肉体を傷つけて殺すのも同じでしょって思って。

 

 

もう楽になりたい。

嫌われたくない。

傷つきたくない。

傷つけたくない。

 

 

 

今までの人生の中で感じたことがない空気の中で、私はとりあえずお風呂に入りました。

明日も仕事だしなーと思って。

変なところは冷静で。

お風呂でひたすら泣きました。

 

 

 

そこで想ったんです。

 

 

 

あぁ私は解ってほしかったんだなぁと。

今まで何度もレイプされかけたこと

知らない男の人にも襲われて

首を絞められて殺されかけたこと

そんな時に弟にも身体を触られて

弟のことを家族だと思えなかったこと

それを責められることがどれだけ

苦しくて辛かったこと

自分は普通じゃない、おかしいって

そう思うことが辛くて悲しかったこと。

 

 

 

そしてお父さんとお母さんに笑っていて欲しかったこと

お父さんとお母さんに喜んで欲しかったこと

褒められたかった。認めて欲しかった。

愛されたかったこと。

 

 

 

仕事を通じて人に喜んでもらえることが嬉しかった。

こんな私でも人の役に立てるんだって嬉しかった。

司会の仕事もカウンセリングも純粋に人を幸せに出来たらいいな。

役に立てたらいいなという想いはある。

 

 

だけど同時に私は

認められたい。

褒められたい。

愛されたい。

その想いもあったんだなって気付きました。

 

 

ブログもそうです。

役に立てたらいいなと思う気持ちと

認められたい、褒められたい、愛されたい気持ちの両方があった。

そりゃ見る人が見たら不快だよなって思いました。

 

 

少し頭を整理してお風呂から出たら

頭を冷やしている母親と

手のひらを応急処置した父親

座りなさいって言って。

 

 

頭大丈夫か?って頭を触ろうとしてくれて。

 

 

あ、私のこと気にかけてくれたって思ってまた泣いて。

そこで今までのことを話しました。

上に書いたことをほとんど全部。

素直に。

 

 

弟とのことは寂しいし悲しいけど事情はわかったと言ってくれて。

お父さんの言い方の何があかんかったのか。

何がお前をそうさせたのか考えたと。

 

 

仲良く楽しくしたいのに。

大切に思ってるのに。

何故こうなるのか。

 

 

父親も自分を責めて自分が嫌だと思っていて。

こんなに頑張ってるのに何で解ってくれないのか。

何で俺を悪者にするのかと悲しみと怒りと色んな感情があったみたいで。

 

 

あぁ、私と同じだなーと思いました。

私だけじゃなかったんだと思いました。

 

 

 

 

 

自分は親を悲しませて傷つけることしかできない。

一生懸命喜んでもらおうとしたけど、結局はこうなる。

他人に対しても同じ。そう思ってました。

 

 

だけど、親を悲しませたくないからと

今まであったことを言わないと決めたのは自分。

飲み込もうと思ったのは自分。

なのに解ってくれないという想いが暴れて

ずっとあった苦しみや悲しみが

怒りや恨みに変わってしまっていて

結局は一番最悪な形で親を傷つけた。

自分も傷つけた。

 

 

もっと早くもっと素直に

自分の気持ちや今までのことを

少しでも話せていたら

こんなことにならなかったのかもしれない。

 

 

解ってほしいと言いながら

解ってもらう努力をしなかったのは自分だ。

そして解ってほしいと思うばかりで、相手の気持ちを解ろうとしてなかったのも自分だ。

 

 

愛して欲しい、認めて欲しいという感情は相手も同じなのに。

 

 

我慢して抑え込んで顔色を伺って

積もり積もって蓄積したものは消えない。

 

 

我慢を選んだのも

飲み込んだのも

自分の選択。

 

 

だけどあの時そうするのが精一杯だった。

お父さんとお母さんを悲しませたくなかった。

 

 

ただ普通にお父さんとお母さんと弟と

仲良く楽しく暮らしたかった。

ちゃんと自分のことを愛して

自信を持って

人のこともまっすぐ愛して

ちゃんと大事に出来る人間でありたかった。

 

 

そうしたら今までの人生で出逢えた

本音で話し合える友達や

心から愛し合えるパートナーを

もっと大切に出来たのかもしれない。

 

 

異常である自分を知られたくなくて

嫌われるのが怖くて

急に拒絶したり

求めすぎて爆発したり。

そんなことの繰り返し。

 

 

愛し愛されたい。

大事な人と仲良く楽しく笑って生きていたい。

ただ、それだけなのに。

それが出来ない自分に絶望しかない。

 

 

何度も努力した。

だけど壊れる。

傷つけて傷ついてその繰り返し。

もう沢山。

私は私を終わらせたい。

でも死ぬのが怖い。

この矛盾。

性の対象で見られたくない。

でも身体だけでも愛して欲しい。

この矛盾。

人の温もりって安心しますから。

 

 

もちろん幸せなことも沢山あります。

ブログで書いてるように私は恵まれて幸せな部分が沢山あると思います。

ただ心の奥底で異常な自分を受け入れられなくて。

 

 

こんな話、友達には申し訳なくて、嫌われる勇気がなくて話せません。

だから私は誰かにとって吐き出せる場でありたいなと思う部分もあった。

甘えや依存は何も産まないけれど、変わりたい、誰にも言えない想いを聞いてほしいという人たちの救いに少しでもなれたらって。

完璧ではない今の私だからこそ、感じることや寄り添えることが出来ればと。

自分を救えるのは自分だけだけど、何かきっかけを与えることは出来るかもしれない。

 

 

 

私のブログなので他人の話は書けませんし、私のこと、私の経験、私の感じたことしか書けません。

芸能人でもない、ただの一般人の思想なんて何かが引っかからないと、感じるものがないと読もうと思わないと思います。 

だからこうして繋がって下さって本当にありがとうございます。

 

 

これを読んで下さった方の中でもし、今何か辛いことがある方。

上手くいかないことがある方。

絶対に原因があると思うんです。

親子関係、家族関係、友達、恋愛、人間関係、仕事関係etc

我慢してることはないですか?

飲み込んで蓄積してしまったことはないですか?

 

 

理解し合うにはやっぱり素直にならないといけません。

素直に伝えて素直に聞く。

相手のため世間のためだなんて言いながら

その我慢は怒りや恨みに変わり

結果八つ当たりしちゃんです。

 

 

自分が満たされない想い

解ってくれないという想い。

 

 

知らず知らずのうちに自分を責めて

人を責めて、自分にも人にも八つ当たりして

幸せそうに見られたかったり

人と比べたり

今幸せでもそれを失う恐怖に襲われたり。

 

 

やめましょう。

今すぐ吐き出しましょう。

 

 

我慢も忍耐も自分に課したいらないルールも。

思ってる以上に自分勝手でいいんです。

本当の意味で、自分に正直に本音でワガママに生きてる人は人にも優しいです。

だって八つ当たりしないから。

したとしてもカラッとケロッとしてるから。

自分をしっかり持ってるから

人の顔色なんて伺わない。

人がどう思ってても自由。

だって私は私。

私も自由、あなたも自由。

自分を認めて尊重してるから

他人を認めて尊重出来る。

 

 

我慢してる人は我慢しないでやりたいことやってる人に嫌悪感を頂きます。

愛されてない人は愛されてる人に嫉妬します。

幸せじゃない人は幸せそうな人に嫉妬したり。幸せぶってる人に嫌悪感を頂きます。

 

 

こんな感じであなたがあなたの本音を無視している部分、勝手に課してるマイルールがあると、人のことがとにかく気になります。

これが八つ当たりの始まりです。

 

 

まず自分です。

今回のことで痛感しました。

勝手に我慢して

勝手に顔色伺って

勝手に自分も親も責めて。

 

 

もうちゃんと自分の人生を生きよう。

今までも自分なりに自由に楽しく生きてきたけれど、どうしても親の顔色を伺ってる部分があった。

でもいくら血の繋がった家族でも違う人間です。

違う感性で違う感覚で当たり前。

親の思う通りになんて生きられるわけがないんです。

 

  

 

どんな人も本来持ってる想いは

大切な人に喜んでほしい。

大切な人に認められたい。

大切な人に愛されたい。

大切な人を幸せにしたい。

 

 

1番最初に思う相手はやっぱり

お父さんとお母さん。

 

 

その2人を幸せに出来なくて

傷つくのかもしれない。

期待通りに生きることができなくて

自分が嫌になるのかもしれない。

悲しむのかもしれない。

自分を否定して責めるのかもしれない。

 

 

最低なことして絶望して

それでも両親は私の話を聞いてくれて

受け止めて許してくれた。

幸い両親も私も本当に軽いケガで済みました。

 

 

私の望みは大切な人と仲良く笑って楽しく

安心して豊かに幸せに生きていくこと。

もっと自由にもっと自分を好きになって

色んなことを感じながら成長すること。

 

 

自分を異常だと責めることも

親の顔色を無意識に伺って我慢することも

親や他人に八つ当たりすることも

全くもって望んでない。

 

 

父親もそうです。

頑張って働いてる自分を

ただ理解してほしい。認めてほしい。

 

 

ただそれを素直に伝え合えばよかったんだな。

伝えあった結果、お互いかなり傷ついたけど

ようやく本当の意味で解り合えた。

 

 

 

まだお迎えが来ないということは、もがき苦しみながら生きろ。人生を続けろ。ということだと思うので何とかもう一度頑張ろうと思います。

 

 

どうかあなたも。

私が言うのもなんですが。

その時その時精一杯生きてるあなたを。

あなたなりに人を大切にしようとしている優しさを。

大切な人に愛されたい、認められたいと思う繊細さを。

純粋な想いを。

色んな矛盾を、狡くて醜くて最低な所を。

ありのまま受け止めてあげてくれませんか。

 

 

大好きになれなくても。

自信なんて持たなくても。

 

 

どうかあなたがあなたを楽にしてあげてください。

あなたを苦しめてるものから。

それは勝手に課してるルールであったり、がんじがらめの価値観だったり。

あなたを縛り付けてる色んなものから解放してあげて、素直に自由に感じることを許してあげてください。

 

 

自分で自分に言ってる部分もありますが。

 

 

私は私の闇を丸ごと受け止めて背負って生きていくしかない。

だってどんなに最低でも異常でも生かされているから。

親のせいにも今までの経験のせいにもしたくない。

だってもう学んだもの。

いつまでも引きずって

悲劇のヒロインぶって

そんな自分に酔ってる場合じゃない。

自分に同情してどーする。

 

 

どうかあなたも。

人のこととやかく言う前に

自分自身を明らかに見よう。

 

 

私は今回、嫌という程自分を見ました。

親もそうです。

そこでようやく通じ合えた何かがありました。

 

 

私がしてしまったことは一生消えないけれど。

これからもっと素直になろうと思います。

 

 

 

誰に否定されても賞賛されなくても

私が私をちゃんと心から受け止められるように。

 

 

少しでも大切な人を傷つけないように。

でもまずは、自分を傷つけないように。

 

 

とうかあなたも。

この瞬間からもっと自由に

今回の人生を生ききっていきましょう。

 

 

どうせいつかは

神様があらかじめ決めたタイミングで

天国に還るんだから。

 

軽やかに恋を楽しもう♡

昨日頭の中に浮かんだこと。

 

付き合うとか結婚するということをとてつもなく難しく考えてやしないかな?

 

 

一途なのも真面目なのも素敵なこと。

素晴らしいこと。

 

 

でも!!!!

 

 

失敗したくない。

傷つきたくない。

損したくない。

 

 

だからちゃんと見極めて

ちゃんとした相手を好きにならなきゃ。

ちゃんと付き合わなきゃ。

 

 

って頭でぐるぐる考えてみたり。

無意識に自分にぴったりの人を探してなかなか踏み込めなかったりね。

相手を値踏みしたりジャッジしたりしてると

どうしてもいじわるな目線で相手を見ちゃう。

 

 

好きなとこは好き

嫌なとこは嫌

直してほしいとこは直してほしい

って伝えればいい。

話し合えばいい。

聞き合えばいい。

 

 

 

別に付き合ってからでも合わないなと思えば

友達に戻ればいいし

他人に戻ればいいし

 選択し直せばいい。

 

 

結婚もそう。

失敗しない相手とか

完璧な人間とか

運命の人っていないと思う。

 

 

逃げ恥でみくりさんのママが

『運命の人なんていない。

運命の人にするの。』

 

ってスーパー名言残してたんやけど

まさにその通りだと思う。

 

 

自分と向き合うこと

その人と向き合うことから逃げずに

イィな♡と思えばくっつく。

違うな。と思えば離れる。

 

 

イィなと思える距離まで離れる。

それが親友なのか友達なのか他人なのかは相手によると思うけど。

 

 

もっと軽やかに恋をしよう。

もっと軽やかに人を好きになろう。

もっと軽やかに付き合ってみよう。

 

 

恋愛って頭でごちゃごちゃ考えてするもんじゃない。

感じるもの。落ちるもの。

 

 

 

この人は自分と合うかな?

うまくやっていけるかな?

傷つかないかな?

傷つけてしまわないかな?

 

 

なーんてわからんよ。付き合ってみなきゃ。

 

 

その時

その人と

その距離だから

見えるもの、気付くこと、学ぶことがある。

そうやってお互い変化する。成長していく。

 

 

逃げちゃダメだ。

考えるな感じろ。

そして楽しもう。

 

 

この夏はめちゃくちゃ熱い夏になりそう♡

では東京行ってきまーす♪